カテゴリ:ドイツ・ヨーロッパ( 7 )
ドイツ時代の友人と28年ぶりに
28年ぶりにドイツ、コンスタンツから帰国した友人Mちゃん、
時間と空間の隔たりは全く感じられないほど28年前のテンション再開花!
藤枝市岡部町の東海道旧道を訪ねて、薬膳料理「クララⅡ」さんで昼食。
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コンスタンツでフォルクスホッホシューレといういわゆる市民学校で日本語の教師をしているということ。彼女のブログ「ドイツの陽だまり」では日本語に対するいろいろな気付きを述べていて、急に教える立場になったことから改めて日本語に対する発見がいろいろ語られていました。

そして犬に対する愛情深いMちゃんの記述に、わたしも思いを新たにしました。
二人の意見が一致したのは「ペットショップでの生体販売はやめるべき!!」です。
悪徳ブリーダーの元にどれほどの不幸な子が生産されているか・・・・
これを語ったら延々と・・・なので、またいつか。

わたしの愛犬は、先代のももちゃん、今のももちゃん共、行き場のない犬でした。
先代のももちゃんは湯河原のチャンピオン犬が脱走してかかってしまった柴犬の雑種。だから何が混じっているのかわかりませんでした。うっすらと首の周りの白い輪や目がぱっちりしていること、また耳が大きなことなどなどでひょっとしたらコーギーの血も混じっているのではという気がしていました。
以前アップしたコラージュ再度アップ。
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そして、行き場のないワンコを探して行き着いたのがコーギーのももちゃん。
偶然「もも」という名前のこの子が募集にかかっていました。何か運命ですね。
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足の具合がイマイチなのですが、これも純粋種をどんどん生産している状態の中の欠陥かもしれません。もう少し経つとコーギー特有の「変性性脊椎症(DM)」が出るかもしれない・・・でも、命の重さは同じでしょ。この子の状態は私に預けられた運命かもしれません。これも一緒に受け入れて行くつもりです。

とにかく、この歳で寂しいことばかりが多くなってきて、Mちゃんが以前と同じように近くに感じるようになったのも世の中がいろいろネットなどで進歩したおかげ。でもこれ以上進歩するとそれに追いついて行けそうもないからこの辺の便利さでいいかなと思うのは私だけ?・・・
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by olivemomo | 2015-06-21 13:55 | ドイツ・ヨーロッパ | Comments(1)
ハンブルクへGoogl Earth で一飛び
久しぶりにGoogl Earth を開いてみてグレードアップした
バージョンのお知らせが来ていたので、それで早速旅行をしました。
と言うより旅行気分になりました。

以前住んでいた懐かしいハンブルク。
ハンブルクは大変美しい街です。
都会でありながら,これほどまでに緑の多い町並みは住民の誇りです。
人口一人当たりの樹木の数ではドイツでも屈指です。

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街の真ん中にアルスター湖という湖があります。
この湖のほとりに住んでいました。

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懐かしい通りに行き着きました。
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そして住んでいた家も見つけました。
以前は色が違っていたように思えますが・・・・
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そして近所の素敵なプチホテル「Hotel Abtei」(ホテルアプタイ)
Abtei straße(アプタイシュトラーセ)にあります。
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友人が来るといつもこのホテルを予約してあげました。
ここのオーナーさんはベルリンフィルのメンバーの友人で、
カラヤンもハンブルクに来るとお忍びでこのホテルにお泊まりに
なられていたようです。いつもオペラのアリアが静かに流れていました。

数年前に久しぶりにここを訪れるとオーナーさんが懐かしがってくださって
昔話に花が咲きました。同行していた友人の子供にお土産をくださいました。

懐かしい場所があるって・・・素敵なことです。

それにしてもGoogl Earth ってすごいと言うか恐ろしいです。
プライベートの配慮はあると思いますが、こんなにピンポイントで
行きたいところに行けるなんて。

ただ、上からの写真とストリートビューの写真の季節が全然違うところが
変ですが・・・・
しかし、考えるに、ヨーロッパの町並みの美しさを見るのには冬の景色の方が
良いのかも知れません。
樹木の葉に邪魔されなくて家並みが見られる利点があります。
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by olivemomo | 2011-06-03 14:16 | ドイツ・ヨーロッパ | Comments(3)
思い出のファッシング:アルマニッシュファスナハト
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カーニバルの季節がやって参りました。
いきなり恐い写真でごめんなさい。
私がドイツ滞在中に経験したカーニバルです。

このとき私はフライブルクからハンブルクに移り住んでいましたが、
どうしてもこの地方のカーニバルが見たくて、北の端から
南のこの街に帰って来ました。

これは、南ドイツ黒い森地方:フライブルク近郊の
エルザッハというところのカーニバルの様子です。
ドイツでは「ファスナハト」「ファッシング」と呼ばれています。

このフライブルクの周辺のカーニバルは、ドイツがキリスト教化される
以前のゲルマンの古い習慣と民間信仰の名残りが顕著に見られる
ドイツの民俗学に興味があれば絶対に見逃してはいけないと
(そう確信しているのは私だけかも知れませんが・・・)思われる
カーニバル:ファッシングです。
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このエルザッハというところのファッシングが面白いと聞き
しかも夜は見物だからという事で行ってみると、
なんと街についたとたんに、建物の影からこんな恐い顔を
した人がぴょんぴょんスキップしながら出て来て、
なにかで、あっちこっちビタビタ叩きまくっているのではありませんか。
これ水の入った「ブタの膀胱」なんです。
そして頭にかぶっているのは、よく見ると麦わら帽子を
まくり上げ、エスカルゴが、びっしりと貼付けられている、
不思議な帽子です。

何とも驚きというかショッキングな、それでいて、赤い服が可愛くて
スキップしているその姿は、全ての要素がミスマッチで幻想的な
雰囲気でした。

これは、冬を追い払い春を呼ぶ祭りとしての意味が込められている
仮面の奇祭と呼ばれています。

この奇妙な人達は「ナロ」とよばれていて、
(馬鹿者などという意味らしい)
次の日にはここで一番大きな街フライブルクでナロの
カーニバルがあるのです。

その様子は以下の写真で。それぞれの村々によって
仮装が違います。
これらを見ていると、森と共に生きて来た民族の様子を
うかがう事が出来ます。
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これはとても滑稽な集団でした。
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カーニバルは本来、復活祭の前の40日をキリストの受難を思って
肉食を断ち、禁欲生活を営む四旬節に入る直前に、
たらふくごちそうを食べて、仮装行列などで大騒ぎをする祭りです。
ベネチアやニースなどは有名ですね。
ドイツではケルンなどのカーニバルが有名で、前にも述べたように
「ファスナハト」「ファッシング」などとよばれ仮装行列や舞踏会が
盛大に行われます。
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by olivemomo | 2010-02-13 22:19 | ドイツ・ヨーロッパ | Comments(4)
ヨーロッパピクニック計画
1989年の夏の今頃、ハンブルクに住んでいた私は毎日テレビのニュースに
釘付けだった。何かが起こっている。何かが起こる。
そんな予感は誰も感じていた。いい知れぬ恐さが毎日あった。

ライプチヒやプラハのデモのニュース。それと同時に、ゴルバチョフの
訪問先での歓迎のニュースで絶大な人気があるのを感じた。
その頃は、ゴルバチョフのニュース、東の体勢のニュース、ポーランドの
連帯のワレサ書記長のニュースで殆どの時間が費やされていたように記憶している。

東ドイツ建国40周年式典に招かれたゴルバチョフと、ホーネッカーの
光景が印象的だった。
お偉方の万雷の拍手の中で固く抱き合い、握手をしたはずだったのに、
ホーネッカーの
「これで我が国と、貴国の関係はさらに頑強なものとなりますね」の言葉に
「貴方はまだそのような事を言っているのですか」と言う返事に、
ホーネッカーの笑顔がかたまってしまったように感じた。

ヨーロッパピクニック計画、又シェプロンのピクニックとも呼ばれる
大きな出来事があった。西側のニュースでは、地下組織が呼びかけた
国境脱出計画に多くの東ドイツ人がピクニックに行くという名目で、
ハンガリーとオーストリアの国境シェプロンに集まった。
この時の立役者にはハプスブルグ家の末裔もいたのを覚えている。
国境が開いた途端に人々が走りオーストリーに走って入った。
つかまる恐怖から、森の中にさらに走ってゆく人もいた。
しかし、簡単な木と有刺鉄線で作られた門のそばで人々は抱き合って
喜びを感じている。ハンガリーの国境警備兵も黙認。むしろ転んだ子供を
助けていた。皆泣いていた。私も泣いてそのニュースを見ていた。

確かに、当時でもウィーンに滞在している間、ブダペストに遊びに行く途中、
ハンガリーとオーストリーの国境には多くのトラバントが並び出国を待っていた。
「えっ!いいの?」と思った。これほどの社会主義国の人が自由に西側に
出てゆく光景を見た事がなかった。
しかし帰りの国境では、電化製品を満杯に積み込んだトラバントがまた
ハンガリーに入国しようとしている。ハンガリーとオーストリアの国境は
かなり緩かった。ハンブルクからベルリン、ライプチヒに行く国境の
イメージとはかなり違った。

ベルリンの壁が崩壊した直後の週末、ベルリンのホールでベートーベンの
「第九交響曲」が演奏され、ベルリン市民が招かれた。
西側のコンサートでは考えられない光景。誰一人としてコンサート用の服を
着ていない。普段着のジャンパー姿。これが彼らの一張羅。

そして私がまた涙したのは、その「第九交響曲第4楽章」の歌詞が
「Freude schöner Götterfunken・・・・」
(歓喜よ、美しき神々の・・・・)
ではなくて、
「Freiheit schöner Götterfunken・・・・」だった。
(自由よ、・・・・・)
ただただ涙がこぼれてしかたがなかった。

その時の指揮者はクルト・マズアだったと思う。彼もライプチヒのゲヴァントハウス
で指揮をしていたし、ライプチヒの名誉市民だったような記憶がある。
民主化で彼や彼の仲間が果たした貢献は歴史の一頁を飾る程の事だと思う。

一外国人の私にすら感激的な出来事だったシェプロンのピクニック。
あれから20年が経ってしまった。

歳を取ったのかな・・・今の若い人にもあの冷戦時代の事を忘れないでいてほしい
と言う思いがする。

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ベルリンには壁を越えようとして殺された人達の碑が街中にいくつもあった。
何の犠牲も払わずに「自由」があって当然と思って疑わなかった私は
(そこにたたずんだ人は誰しもそうだったと思う)頭をガツンと衝撃にさらされた
ような思いと、息が出来なくなりそうな悲しみを覚えた。
だからか、このような絵はがき的な写真しかとれなかった。

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これはソビエト戦士の記念館。中は記念碑に灯がともっていたように記憶している。
この記念碑の横に博物館があって、そこのレストランの鴨料理が名物だった・・・・
と言っても他にまともなレストランもなかったし、旅行者は大概そこで鴨を食べて
いたようだ。しかしながら、私の席からそこで見た光景は・・・
さっきソビエト戦士記念碑の前で交代の儀式をした兵士らしき人がその
レストランの隅の個室にいた。床から5〜60cm程裾が上がったカーテン越しに
ハイヒールのミニスカートらしき女性を膝に乗せ足が絡んでいる。
何とも言いがたい退廃的な光景を感じてしまった。「もう、こんな体制も終焉だな・・・」
という感覚にとらわれた。

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ライプチヒの街には、トラバントしか走っていなかった。
ライプチヒに着くまで、東の工業地帯、農村の脇を通り跳ばしていた私達の車が
警察にスピード違反でつかまった。同行していた商社の人達によれば、
二人の警官は罰金をいくらにしようか話し合っていたようだ。
いくらピンハネをするんかわからないが、これも東の貴重な財源だそうだ。

運転をしてくれた商社専属ドライバー(元東ドイツの人)が語ってくれた。
このドライバーさんはポルシェのテストドライバーをしていた人で、
それ以前に東ドイツからハルツ山中でお兄さんと冬にジャンプ台を密かに作り、
スキーでジャンプをして国境を越えたと話してくれた。
お兄さんは運悪く失敗してしまったそうだ。
その後はわからなくなってしまったと語ってくれた。
なんと返事をして良いのかわからなくなってしまったが、一人一人に
少しも幸福だった思い出を残さなかった体制。
華やかな先進国の仲間入りをしてしかも国境をもたない国に育った私には
その時ほど国境の意味が重くのしかかった気持ちにとらわれた事はなかった。
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by olivemomo | 2009-08-20 10:27 | ドイツ・ヨーロッパ | Comments(4)
素敵なお知らせ
ドイツに住んでいる友人(日本人女性で清水出身)の
息子さんが南ドイツで挙げた結婚式の様子を
写真構成して送ってくれました。なんかうっとり・・・。
まるでウェディングのカタログを見ているような気分。
そして,幸せ一杯の二人やご家族の様子にこちらまで幸せな
気持ちになりました。
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南ドイツはカソリックの土地柄、教会の有る村からは伝統的な
楽隊もでてきますし、二人の結婚を祝うパーティーの
にぎやかさが伝わって来ます。
タロちゃん、ベアトリーチェ、おめでとう!お幸せに!
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by olivemomo | 2009-05-26 17:50 | ドイツ・ヨーロッパ | Comments(0)
シュールなマリオネット(バルセロナ)
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何年か前、バルセロナのミロとピカソの美術館の帰りに,ゴシック地区で見かけたマリオネット。ダリを思わせるようなシュールなマリオネットです。
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つい先日も静岡で「大道芸ワールドカップ」が行われました。
データを整理していたら、バルセロナのストリートパフォーマーをたくさん撮ったものが出て来て、この時期にアップしてみようと思いました。
何とも素敵な馬が、笛の音楽と共にゆっくりと踊るのです。独特な雰囲気の人形達もちょっと幻想的な世界を作っていました。
昔、サントリーのコマーシャルで、ガウディーのサグラダファミリア教会の中でダリの絵から飛び出したような人形がバレエを踊るものがありました。そんな光景を思い出しましたが、これはバルセロナの旧市街ゴシック地区でのパフォーマーです。





b0116413_23572946.jpgカテドラルの前の広場ではマリオネットを見ながらコーヒータイム。








b0116413_2354057.jpgいたる所にこんな絵を売るスタンドがあります。

バルセロナの印象は、伝統の中で、人生を楽しませてくれる芸術が,堅苦しい形式にとらわれず思い思いの発想で爆発している町だなと思いました。
日本人の私達には異様に映るものも,この町では独特な雰囲気を作り出し、それは中世の暗い部分,地中海の底抜けに明るい部分、近代の尖った部分それぞれが入り交じり構成されて行っているように思えました。
それはまだまだ進化中でこの先このバルセロナを訪れるたびにその姿が楽しみです。
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by olivemomo | 2007-11-07 23:34 | ドイツ・ヨーロッパ | Comments(4)
リスボンにて
未だ、いくつもの段ボールに詰め込んだ写真を、整理できない状態でいるのですが、少し写真をデータにしたものがあったので、それを見ています。

1980年代の終わり頃、日本から子供のヨット、オプティミスト級の世界選手権があると言うので、ドイツに住んでいた私は、助っ人にポルトガルに飛びました。リスボンから少し西の位置にあるカスカイスと言うリゾート地でそのレースは行われました。またいつか、その事には触れたいのですが、試合の合間にリスボンに足を伸ばしました。
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乾いた空気の中、眩しい光に照らされたポルトガルの首都は、思いのほか、寂しさが漂っていました。世界の首都に抱いていたイメージと違い「え?、これが首都なの?」と思わせるほど人がいなかった印象を持ちました。私が今までに行った首都が凶器じみているのか、足早に歩く人の群れはないし、むしろのどかな印象を持ちました。それより建築物のいたるところに施されているタイルの見事なこと。

b0116413_10464177.gif7つの丘を持つこの首都の美しさは、色々な観光誌にも紹介されていますが、レトロな路面電車で丘の上に登ると、見渡す景色の中に、少しの「ほっ・・」とする瞬間を与えてくれる、小さな泉がありました。

食べ物も、美味しいし安かった覚えがあります。500円くらいでコースが食べられたし、魚介類がなんと言っても格別。そして、ポルトガルのワイン!!(あまり飲めないのに、調子に乗って結構酔っぱらってしまった)
もしこれから、ポルトガルに行くことがあるのなら、是非是非「お醤油」は必携です。イワシの丸焼きが名物で、しかも炭で焼いているのでとてもおいしいのです。

・・・どぉーしても話題が食べ物の思い出にいってしまうのですが、絶対に言っておきたかったものですから・・・

ヨットレースに出た日本から来た子供達は少しオリーブオイルが苦手だったようです。それでも、皆がんばった!そしてその中から、オリンピック選手が出ました。関一人(せきかずと)クン。今でも君のことは忘れてないよ。一番オリーブオイルが苦手で、こまったよね。でも常に冷静で、態度も大人で、いつも日本チームを引っ張っていたね。 あーーぁ、もう20年前のことになってしまいました。
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by olivemomo | 2007-08-11 10:20 | ドイツ・ヨーロッパ | Comments(4)