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メリークリスマス
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初めて私の仕事場をアップしました。いつの間にかクリスマス。恐ろしい程に時間の流れが速くて,あっという間に多分、お正月がきてしまうでしょう。

この小屋は我が家の物置でした。
大工さんに、スウェーデンで撮って来た漁師小屋の写真を見せて、
「おじさん,これと同じ物を建ててください」
とお願いし、おじさん,地面に屋根の勾配を描いたりして、
あーでもないこーでもないと言いながら作ってくれました。
なにせ,設計図がない状態。
まだ私が建築士の勉強をする何年も前の事でしたから。
二人で取り組んだ楽しい思い出です。
そして十数年間は物置としてほったらかしになっていましたが、
意を決して仕事場にしました。
その経過はまたいつかお知らせします。
リースも飾りました。


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世界中のどこからかいつも,悲しいニュースが流れています。
でもこの時だけは宗教を超えて全ての人に安らかな時間を、そして人を
思いやる心、優しい心を思い出してもらえるような大切なときになる事を
祈ります。目の前に温かなスープがなくても、一緒に寄り添う家族が
いなくても、一人では生きてゆけない事を知り,常に心を傾けていてくれる
友人達、遠くで見守ってくれる人達に感謝。目を閉じて静かに祈ります。
皆さんに幸福が訪れますように。

b0116413_14504285.jpgAtelier M's
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by olivemomo | 2007-12-24 11:31 | Comments(2)
子供達へのおくりもの
友人宅で,子供達に楽器の演奏を実際に見せるための集まりがあり、弦をはじいて出す楽器として、私のアイリッシュハープを見せる事になりました。絶対に人前では何かのパフォーマンスは出来ないタイプの私としましては、こんなに下手な演奏で良いのかしら・・・と思いつつ・・・。でもアイリッシュハープがどんな楽器なのか、どんな音色がするのかを見せてあげられる良い機会でした。この中で将来、音楽が好きになってゆくお子さんが出てきてほしいという願いを込めて・・・
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b0116413_2354114.jpgこのハープは大学を出て始めてのボーナスで買いました。
アイリッシュハープとの出会いは,大学に入りそこに雨田先生と言う方が個人レッスンに来て下さっていたのを知り、「あまり誰もがやらない楽器を習ってみよう」と思ったのがきっかけでした。
雨田先生のお父様は、日本に初めてアイリッシュハープを紹介した方で、お琴の京極流のお家元です。
大学では、数人の学生が先生のレッスンを受けていました。中にはあとでグランドハープに移った方もいるようでしたが、裕に百万以上もする楽器は買えません。
後にレッスンをしてくださった先生はいつも私にグランドハープを弾かせて下さいました。それはものすごいあこがれでしたが・・・・でも、アイリッシュハープも素朴で良いものです。
アイルランドやウェールズの民謡が主な曲目ですが、ケルト的な世界に迷い込んだような不思議な気持ちになります。
この楽器との出会いがきっかけで,私はどんどんケルトの世界が好きになって行きました。それを話すとまた長くなりますので,またいつか。
私の好きなSarah Deere-Jonesのケルトハープの演奏はこちら
画像はきれいではないのですが、このページからは彼女の演奏を投稿者の所をクリックしていろいろ聞けます。では,ちょっとだけケルトの世界を垣間みてください。
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by olivemomo | 2007-12-17 00:12 | 音楽 | Comments(4)
興津鯛
高校時代の同窓会の役員のお疲れさん会があり、「はなみずき」という料亭を始めて訪れました。考えてみると父が生前何回かここで会合があり送り迎えした覚えがありましたが、中に入りお料理をいただいたのは始めてです。
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器やお料理が上品で、ついついパチり。右側の和え物のが盛りつけられていた柿は季節感があってよかったですし、ツボガイなどもかなり懐かしい味で,楽しませくれました。
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その中に、「興津鯛」が出てきました。私などは最近この名前を覚えたのですが、よく「甘鯛」と呼んでいたのがこれのようです。

b0116413_2310835.jpg名前の由来を調べてみると以下のような事が書かれていました。

静岡市近辺では「興津鯛」(オキツダイ)と呼ばれています。この名付け親は天下の将軍徳川家康公。『甲子夜話』(かっしやわ)という書物に記されているところによれば、家康公がしばらく駿府(今の静岡県)に滞在していた時のこと。奥女中で興津の局(おきつのつぼね)という婦人が、実家に帰省し、帰りに土産として生干しの甘鯛を持参し家康公に献上しました。すると、それを食した家康公はいたくお気に召し、「この鯛は興津の局が持参したゆえオキツダイとよぶがよい」と申され、今にその名が伝わっているのだそうです。
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また、甘鯛のウロコには秀麗な富士山に似た模様があると伝えられ、その逸話が時の世の最大の権力者、家康公と符合し、江戸時代には大いに珍重されたのだそうです。

甘鯛は地方によって呼び名が変わり、京都では「グジ鯛」といいます。グジ料理は伝統的な京料理として有名です。京都には泉州(大阪)の堺や住吉から運ばれたり、日本海側の若狭から運ばれたりしました。特に、若狭でとれた甘鯛に塩をしたものを村人が京都まで売りに行き、着く頃にちょうど良く塩がまわって非常においしくなったことから、これを「若狭グジ」と呼んで珍重したのだそうです。
甘鯛はとれる季節と、成長の時期によって雌雄の割合が異なる不思議な魚です。小さなものにはメスが多く、大きくなるにつれてオスが増え、成長しきった大形はすべてオス。成長と共に性転換していくなんて「不思議鯛(フシギダイ)」とでも命名したくなります。

ということで、今回私にとっては大きなパズルが解けました。
いつか食べてみたいと思っていた「興津鯛」イコール「甘鯛」だったこと、
学生時代、京都で下宿のおばさんが「ぐじがあるさかいに、食べたらどーえ?・・・」と言って食べさせてくれたのがじつは「興津鯛」だったということ。
「興津鯛」というので、清水の近く興津の沖で捕れる鯛だからとばかり思っていた・・・お粗末でした。

それにしても、役員の中心になっていたK・マークン。本当にご苦労様でした。
そして皆さんもご苦労様でした。
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b0116413_14504285.jpgAtelier M's
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by olivemomo | 2007-12-13 22:58 | その他 | Comments(0)
猫と消防レスキュー隊
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それは昨年の暮れのある日の出来事。

庭で愛犬モモが激しく吠えるので何かと出てみると、どうもどこかの猫チャンにからかわれて、犬のプライドにかけてテリトリーに入り込んだものを追い出そうといきり立っていました。猫も猫のプライドにかけて出てゆこうとしません。とうとう追いかけられた若い猫チャンは我家のナンキンハゼの木に登り、降りられなくなってしまいました。
風が強くゆさゆさ揺れていたのと、降りられない恐怖と、モモの吠え声に怖がってか、ニャーゴニャーゴと2時間ばかり鳴いていました。

このままだと大騒ぎになってしまうと思った私は、とうとう消防署に電話で相談してそっとおろしてもらえれば・・・とお願いしました。ところがが来てくださったのが消防車と4人のレスキュー隊員。「アチャーこれは大事になってしまった・・・どーしよう・・・」と思いましたが・・・やはり大事になってしまいました。

「はい!こちらただいま猫が木に上って降りられなくなっているとの通報でレスキュー出動!住所は○○○、○番地!どうぞ!」と言う通信機での報告の声があたりに響き渡り、ご近所の方がなんだなんだと出てくるし・・・。おまけに,真っ赤な消防車も存在感が大きいし。その時の写真です。

猫ちゃんしか写しませんでした。なにせ助けている現場は申し訳なくて写せませんでした。ご近所の方は「先にテレビ局に連絡すればよかったのに・・・」と、おっしゃるのですが、昨今どこもかしこも忙しい最中、猫のレスキューのためにテレビ局や消防を呼んだなどとわかればちょっと顰蹙ものでは・・・と思いそっと、そっと降ろしてもらえばと思っただけなんですが・・・やはり大事になってしまいました。

その次の日、消防署にみかんを持って行き「昨日は済みませんでした」と、お礼に行って来ました。消防署の皆さん,本当にご苦労さんです。こんな事で御呼びして本当に済みませんでした。

b0116413_14504285.jpgAtelier M's
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by olivemomo | 2007-12-06 14:13 | Comments(2)